会社を出たところまでは元気だった。
ショックではあったけれど、案外平気なもんだな、と思っていたけれど――。
そう上手くはいかないらしい。

――ただいま……。

冬の早い日暮れに、冷え切っていた部屋に入った時。自分の心の中の闇に、入り込んだような気がした。

古いアパートは断熱も効いていない。深々とした寒さが、否応なしに寂しさを募らせる。

「はぁ……」

ストーブをつけて座り込む。

打ち消しても、打ち消しても、抱き合うふたりが頭に浮かんでくる。

秘書課の小嶺さんが持っていたあの招き猫のストラップは、やっぱり私が作った招き猫だったのだろうか? なにかの理由でまた秋山さんの手元に戻ってきたのだろうか。

それにしても、便利屋に仕立てるためにお弁当を作ってほしいと言ったり、頬にキスをしたりするなんて、いくらなんでもやりすぎではないだろうか?

クリスマスにのこのこ付いていったら、どうなっていたの?
私の前に辞めた人は、秋山さんが原因なんじゃないの?
ちょっと酷いと思う。
悪趣味が過ぎる。

――秋山さん。酷いよ……。
考え出したらきりがない。

いつものように簡単な夕食を食べて。
お風呂に入り、早めに布団に入った。

明日になれば、又吉に会える。
だから。

泣くもんか!
別にわかっていたことだもん、泣くもんか!

ぐしゃぐしゃに枕を濡らしながら、私は歯を食いしばった。


――又吉……。
私、泣いてないよ?
目が汗をかいてるだけなんだ。



寝不足のまま起きた朝。私は決意をした。

もう二度と振り回されたくない。振り回されちゃいけない!
拳を握りながらそう強く思い、営業部に物品を届けに行くついでにまっすぐ秋山さんのところに行った。

「頼まれていた資料です」
いつものようにこっそり渡さず、堂々と言った私に秋山さんは驚いたようだった。

「あぁ、ありがとう」

「それから、今後は総務部長か南課長経由でお願いします」

「あ、ああ、うん。わかったよ」

――言えた。 これでもう大丈夫。
苦笑いを浮かべる秋山さんに頭を下げて営業部を後にする。

ホッとすると同時に、虚しさをのせた悲しみが心に広がった。

それは、砕けた恋から飛び散った心の涙。



――私は秋山さんが好きだった……。