『秋雨前線が停滞しています。その影響により、東日本では週を通じて雨が――』
天気予報は、ずっと雨。
なので又吉が来ないのは仕方がないかもしれない。又吉に限らず猫は濡れることを嫌がる。
だけど、やっぱりあきらめきれなくて、私は傘をさして外階段に行ってみたりした。
でもやっぱり、又吉はいなかった。
【俺は雨が嫌いだ】
そう言っていた又吉は、きっと飼い主の部屋の中で微睡んでいるのだろう。
秋晴れという言葉もあるが、秋の長雨という言葉もある。それからもシトシトと雨は降ったりやんだりを繰り返した。
時折晴れた日があったとしても会社が休みの週末だったりして、又吉に会えないまま、季節は冬になった。
又吉に会えなかったことはとても寂しかったけど、楽しいこともあった。
秋山さんとの距離がまた縮んだのだ。
私がお弁当を持って来ていると知ると、『俺にも作ってよ』と言われ、こっそり渡したりする。
『もとちゃんの肉巻おにぎり、すごい美味い。店で売れるレベルだよ。営業だと外回りで昼飯の時間とかゆっくり取れなかったりするから、おにぎりってほんと助かるんだ』
そう言って喜んでくれるので、今日もお弁当を渡す約束をしていた。
待ち合わせは資料室、時間は十一時。
五分前に何気なさを装って席を立つ。パッと見には何が入っているかわからないように、お弁当は茶色の紙袋に入っている。
ちょうどいいことに上司の南さんは部長となにやら話し込んでいる。その隙にそそくさと廊下へ出た。
歩きながら髪を整えると、小さなハートのイヤリングに指先が触れた。
細やかだけど、地味な私には精いっぱいのおしゃれ。
――滑稽にならない程度に、恋する気持ちを楽しんでもいいよね? 又吉。
こんな時、又吉と話ができないのは残念だ。
がんばれよ、とか。お前も懲りないなとか、又吉の生意気な言葉を聞きたいのに。
資料室と書かれたプレートを見上げて、フゥーと息を吐く。