「何とまぁ、勿体ないことを」

「何を仰せです。私はそもそも姫様をお守りするのが役目。男の(なり)のほうが、お役目に向いておりましょう」

 ぴしゃりと言う。安芸津と同じように、清水はしきりに残念がったが、当の本人がこの調子なので、取り付く島もない。

「伊勢は人気があるんだなぁ」

 重実が小さく言うと、安芸津が少し笑って頷いた。

「あの気性だから、おいそれと言い寄る者もいないのだが。勿体ないことだ」

『こ奴にとっては、そのほうが安心なのではないか?』

 狐が茶々を入れるが、当然安芸津には聞こえない。

「さて、じゃあちょいと近付くかね」

 安芸津が伊勢をどう思おうと、重実には関係ない。門から首を伸ばして離れの様子を確かめ、重実はするりと門の内側へと身体を滑らせた。そういう話に興味のないのは伊勢も同様のようで、すぐに重実の後に続く。

『わしが中を見てこよう』

 狐が、ててて、と駆け出し、堂々と庭に面した障子の前まで近付く。が、そこでぴたりと止まった。

『困ったぞ。障子を開けねば中に入れぬではないか』

 至極当然のことを言う。狐は人には見えないが、壁などをすり抜けられるわけではない。当然戸があれば、開けて貰わねば入れないのだ。

『重実、開けてもいいか?』

 障子に前足をかけて振り返る。

「いいわけないだろう」

 障子に向かって言う重実に、安芸津がぎょっとした。途端に狐の前の障子がすらりと開く。幸い重実らはまだ建物自体に近付いておらず、庭に入ったところの茂みの奥にいたので気付かれることはなかったが、狐は勢いに負けて、ころりと廊下に転がった。

『いたっ。驚くではないか。いきなり開けるでないわ』

 姿が見えないので、狐は普通に悪態をつく。障子を開けたのは着流しの男だ。外からは逆光になるのでよく見えないが、ひょろ高い背格好で、手に大刀を持っている。

「鳥居っ」

 重実の横で、伊勢が呟いた。そういえばあんな感じだったかな、と眺めている視線の先で、狐が起き上がった。

『しめしめじゃ』

 するりと鳥居の足元をすり抜け、部屋に入る。