さてそんな誤解を抱いたまま、襲撃当日になった。昼過ぎから安芸津の配下の者が何人か、浜ノ屋を張り込んでいるという。日が落ちた頃に、ようやく重実は伊勢と安芸津と共に、件の料亭に赴いた。

「奴らは離れを使う手筈になっている。店のほうで大騒ぎをするわけにはいかんからな」

 安芸津が言い、料亭の正面は素通りして、店の裏手に回る。風情のある板塀の向こうに、小さな離れの屋根が見えた。

「安芸津様」

 不意に料亭の斜向かいの路地から、一人の男が現れた。仲間の一人のようだ。

「ぬかりはないか」

 安芸津が言うと、男は、は、と頷き、次いで少し後ろに控える重実を不審そうな目で見た。

「彼は此度の助っ人だ。姫様をお救い頂いた恩人でもある」

「そうでしたか」

 あからさまにほっとした顔になり、男は清水といいます、と言って重実に軽く頭を下げた。重実は軽く肩を竦めてみせる。

『おぬしが救ったのは伊勢だっつーのにのぅ』

「結果的には姫さんも助かったわけだから、間違いではないがな」

 相変わらず狐と会話し、重実はざっと周りを見た。板塀の先に、小さな門がある。店の裏口というところか。離れの出入り口は、その小さな裏門と、あとは店のほうに回っての正面玄関しかない。

「鳥居はいるか?」

 安芸津の問いに、清水は固い表情になって顎を引いた。

「北山様のほうは鳥居のみですが、米滋のほうにも浪人風の男が二人、ついておりました」

「何だと? 用心棒か」

 うーむ、と安芸津が渋い顔をする。わざわざ用心棒を雇った、ということは、相当な腕前なのだろう。

「ご心配なく。わたくしが、その浪人を引き受けましょう」

 ずいっと伊勢が前に出る。その姿に、清水は驚いたような顔になった。

「おおっ? もしや伊勢殿か。いや、どうされたのだ、その恰好。ああ、髪まで短く……」

 伊勢は重実らと同じような袴に、髪は頭頂で括っている。腰に二刀を帯びた姿は、この暗さではまさか女子だとは思うまい。