「侍だって、浪人だったら商人の用心棒とかやるぜ」

 旅の中で、そういう仕事を請け負ったこともある。重実が言うが、彦佐は、うーん、と唸った。

「いやぁ……。そんな感じじゃなかったな。小奇麗だったし。浪人だったら顔隠す必要もないだろ」

「ふーん。てことは、向こうさんの誰かか」

 それが誰かわかれば話は早いのだが。

「顔を隠していたとなると、相当な大物でしょうか」

 伊勢は田沢の側近辺りを思い浮かべたのだろうが、まさかそんな者が出張ってくるはずはない。

「いや、そうとも限らん。顔に特徴があるか、面を晒したら後々足がつきやすいか、だ。多分後者だな」

 重実が言うと、束の間考えた伊勢が、あっと顔を上げた。

「大場!」

 大場は北山の下の同心だ。商家を回って袖の下をせしめるのが仕事のような男である。その袖の下をせっせと北山に送ることで、北山からあらゆる恩恵をうけている。いわば腹心の部下だ。

「そう。変に面晒しちゃ、町で会ったりしたときに身分がすぐに割れる」

 同心は町を巡回する。一番動きやすいが、面も割れやすい。髷も格好も一目でわかるので、顔を晒すわけにはいかないのだ。

「ま、多分そうだろう、というところだがな」

「でもそうすると、浪人がこ奴を襲ったのもわかります。北山は例の鳥居を飼ってますから」

「やはり、あれが鳥居か」

 彦佐を斬ろうとした侍。あの者の放つ殺気は尋常ではなかった。思い出しただけで僅かに粟肌立つ。

「鳥居と対峙して、よく無事でいられたものです」

「……ま、誰かが通りかかったから助かったようなもんだがな」

 そう言って、あれ、と重実は考えた。そういえば、提灯の灯が見えたはずだが、その後誰かが近付いてきたわけでもなかった。とすると、あれは……。

『たわけが。狐火に決まっておろうが』

 いきなり声がし、襖の隙間からするりと狐が入ってくる。このような町人と同じ部屋に艶姫を置いておくのは断固として伊勢が許さず、艶姫は別室にいるのだが、そこに狐がついていたのだ。一応の護衛である。