「とぅっ!」

 気合いと共に、鳥居が仕掛けた。構えた刀をそのまま突き出してくる。
 重実は見る限り居合いの構えだ。通常であれば、ここで刀を抜き放ち、相手の刀を払うだろう。鳥居もそれを読んでの突きだったのだが、重実は右手で刀の柄を握ったまま、鳥居の懐に飛び込んだ。
 弾かれた刀をそのまま回して上段から斬り落とすつもりだった鳥居の顔が驚愕に歪む。相手が己の刀を弾く力を利用して回せば、自分で力を入れなくても、より速く刀を返せるのだ。
 だが重実は鳥居の刀を弾かなかった。そのため鳥居は突き出した刀を己で止め、さらに己の力で引き戻さねばならない。

「くっ……」

 すでに重実は鳥居の懐深く入り込んでいる。ここで抜刀されたらまずい。
 かといって突き出した刀を引き戻している暇はない。

「うおおおおっ!」

 片手を放し、鳥居は無理やり身体を捻ると、握り締めた拳を重実に叩き込んだ。が、その瞬間、重実の上体が伸び上がった。がつ、と鳥居の顎に激痛が走る。

「がっ!」

「ぐっ!」

 同時に呻き、お互い後方に飛んで距離を取った。

「まさか頭突きが来るとはな」

 顎を押さえながら、鳥居が言う。重実のほうは殴られた頬を軽く撫で、とん、と足を鳴らした。体勢が不安定な状態での咄嗟の攻撃だったので、鳥居の拳は大した威力はなかった。だが重実のほうもまさか殴られるとは思わなかったので、まともに食らってしまったのだが。

「あんたの腹を抉るには、ちょいと力が足りねぇかもな、と思ったんでね」

 まだ少し、腹の傷が疼く。大の男の胴を薙ぐには、相当な力が必要だ。踏ん張りも身体の捻りも十分でないと、力は半減してしまう。

『いたーい! 可愛いわしを殴るとは何たる奴じゃっ! 重実、こんな奴は八つ裂きにしてやろうぞ!』

 重実と同じ頬を肉球で押さえながら、狐が喚く。妖狐が八つ裂きなどと言うと、洒落にならないのだが。