日が落ちるぎりぎり前に、宿場につくことができた。少し小さめの宿に草鞋を脱ぎ、背負った女子については旅の疲れだとだけ言って、怪我のことは伏せた。茶筅髷に袴で、重実の肩に顔を埋めていたので、女子だとは気付かれなかっただろう。

「病なんだったら、長逗留だねぇ。金はあんのかい」

 宿の女将らしき老婆が、重実をじろじろと値踏みしながら言う。ただでさえ病の旅人など厄介なのに、重実はどう見ても痩せ浪人だ。金を持っているようにも見えない。実際路銀は尽きかけている。
 が、そこで後ろに小さく控えていた娘が、ごそごそと懐中を探った。

(あに)さん。さっきの村で稼いだ金があるから大丈夫だよ」

 そう言って、す、と小判を差し出す。重実はもちろん、老婆も目を剥いた。

「お、おめ、こりゃ虎の子の蓄えじゃねぇかっ」

 慌てて重実が話を合わす。小判など、庶民の目に触れること自体がそうないのだ。

「虎の子の蓄えってのは、こういうときに使うもんだろっ」

 一体この娘はどういう身分なんだ、という物言いに、思わず重実が口を噤む。その隙に、娘は老婆に小判を握らせた。

「足りませぬか?」

「と、とんでもねぇっ! もも、貰いすぎだよっ!」

 老婆も狼狽えつつ、ぶんぶんと首を振る。だが手の小判は離さない。

「ではそれで、お部屋を用意してくださいな」

「はいっ! かしこまりましてごぜぇます!」

 しゅたっと姿勢を正すと、老婆はさっきまでとは打って変わっててきぱきと、三人を奥へ通した。
 小判効果は絶大で、三人が通されたのは通りからは見えなかった離れだった。さほど大きくない宿のわりに、奥にこのような離れがあるとは。

「ここは山深い宿場ですからなぁ、追剥ぎにやられたとか、どこぞから命からがら逃げて来たとか、まぁそういった訳ありの旅人が多ごぜぇます。特にここに来るまでの山は、たちの悪い輩がよぅ出ましてな。時には宿場の中まで入り込んで、狼藉を働きますのじゃ。そのために、表からは見えねぇ離れが必要なんで」