「ねえ? お醤油ある? 大豆からできた黒い調味料」
ここがどんなものがあるかわからず、惟子は解りやすく説明したつもりだった。

「お前バカにしているのか? 醤油ぐらいあるに決まってるだろ?」
不意に厨房の奥から聞こえた声に、惟子はその方向を見た。
真っ白な割烹着を着た、一回りおおきな蛙がノソノソと歩いてくるのがわかった。
「料理長!」
さっきまで話していた蛙が振り返る。
料理長と呼ばれた蛙は、きっとま今まで隠れていたのだろうが偉そうにふんぞり返っていた。

(お魚さばけなかったのに……)

惟子はクスリと笑みを漏らすと、じろりと料理長ににらまれ肩をすくめた。

「お前みたいな素性の知れないやつを厨房にいれるなんて、亭主も何をかんがえているのだか……」
何やらガマ蛙に文句をいいつつ、料理長は惟子の手元を見た。

「ふん、多少はさばけるようだが、こんなのが料理か? わしは認めんぞ」
魚を見たくもないのかチラリとだけ見ただけでそう言った料理長に、惟子は小さくため息を付いた。
「じゃあいいわ。あなたに交代するわ。あら? なんか料理長って……」

変わると言われ、顔色を変えた料理長はブンブンと頭を振った。

「わしがなんだ?」
「太郎ちゃんに似てるわ。目元がそっくり」
くすくすと、一番初めに会った蛙の太郎を思い出して惟子はマジマジと料理長を見た。

「なんだ! お前太郎を知っているのか?」
いきなり瞳を輝かせて詰め寄る料理長に、惟子は後ずさった。
「ええ、お屋敷で一緒に……」
そこまで言ったところで、料理長はコロリと態度を変える。
「なんだ、お前太郎と、俺の一番下の弟の知り合いか? それを早く言え!」

「ええ?」
驚いた声を上げた惟子に、料理長は慌ただしく動き出した。
「お前は早く作ってくれ!そしてお前たち、早くこの皿を弥勒様のところへお運びしろ。

いきなりの展開に、もはや惟子は諦めて腹を出したアジに、調味料らしきものがならぶ壺から、白い粒をぺろりとなめ、塩と確認すると高めの位置から降りかけ、魚を焼くような網のある場所に乗せた。