その箱の中には意外にもアジがたくさん入っていた。
(こないだからつくづくアジに縁があるわね……)
そんなことを思いながら、惟子は蛙に声を掛けた。
「このアジを料理できなかったの?」
「そうだよ、この辺りは魚をあまり食べないんだよ。しかし隣の中央には倭島があるから魚が多いんだ」
いまいちこのかくりよの地理が解らない惟子だったが、中央に妖王の街があり、その近くには海や島があるのだろう。
かくりよも、海なしや、海のそばなどあるのがわかった。
「ふーん、そうなのね。黒蓮……様はそこにいらっしゃるのよね?」
呼び捨てにしたいところだったが、そう言うわけにもいかず様を付けた自分に感心しつつ。大ぶりの型の良いアジを一匹選ぶとまな板にのせた。
「お前、そんなこともしらないのか?」
いつの間にか蛙は立ち上がり、そっと惟子のそばで調理の様子を見ていた。
「ちょっと、病気になって記憶がなくなったのよ」
「へえ、それは大変だな。そうだよ。このサトリ様のおさめる街の隣に王都があって、そこに妖王さまも、黒蓮様もいらっしゃる」
「へえ」
そう言いながら惟子はまだ鮮度の良いアジを手際よくさばいていく。
この大きさなら塩焼きにしても、刺身にしてもおいしいだろう。
サトリやてんは比較的なんでも食べていたが、相手の好みは解らない。
無難な料理をだすべきだろうか?
惟子はそう思案しながら、刺身用にさばいた刺身を皿に綺麗に盛り付けた。