「え?そっちの娘? 大丈夫か?」
顔を隠している素性の知れない惟子に、ガマ蛙は不審げな視線を向けた。
「大丈夫……」
惟子がその言葉を言うと同時に、ガチャン!という大きな音が店内から聞こえて3人はその方向を見た。

「こんなもの食えるか!」
その言葉と同時に、今度は店先の表格子と赤ちょうちんが勢いよく飛んでくる。

「うわぁ」
惟子もさすがの事態に驚いて、後ずさりをした。
「どうしたんだ? 何事だ?」
ガマ蛙は慌てたように、なくなった表格子からぴょんと飛んで中を見に行った。
それにつられるように、惟子も後ろからそっと中をのぞく。

そこには酔っぱらっているのだろう、畳をひっくり返して大暴れするミツマタに分かれた大蛇がいた。

「親分!落ち着いて!」
周りにいた大蛇の子分のようなあやかしが、わらわらと止めるように抑えていた。

「こんなまずいもの。早く注文のものを持ってこい!」
そう言ながらあばれる大蛇の周りには、ゆで卵が散乱していた。

「蛇が生卵を丸呑みするわけないだろ!」
その言葉に良く回りを見ると、ぐちゃぐちゃになった白身と黄身が散乱しており、ゆで卵ではなく生卵だということがわかる。

「申し訳ありません。申し訳ありません」
いつのまにやら、さっきのガマ蛙がこれでもかと大きな頭を畳みにこすりつけている姿が目に入った。

「いますぐ美味しい料理をあの娘が作りますので」
誰か料理がうまい人がいるのだろうか?そんなことを思いあなら様子をうかがっていた惟子だが、途端にそこにいたあやかしが一斉にこちらを見るのが解り、驚いて目を見開いた。

「え? あの? ええ!」
その言葉しか出ない惟子に、いつのまにかすぐそばまで先ほどのガマ蛙が来ていて、低い声で惟子に囁く。
「お前、働きたいって言ってたよな。厨房なら雇ってやる」
その言葉に、惟子は啞然とした。