「でも、なんていうのよ? みんなには」
心配そうに言うお琴に、惟子は苦笑しながら言葉を発した。

「私、まだ戻るとも話していないから、なんの仕事もないのよ。私はまだ出ていったままのはずなの」
その言葉に、お琴も思い出すように表情を曇らせた。

「確かに、今日の朝の指示だしのときも、あんたの名前はなかったわね」
きっと料理長に今日の買い物を頼まれていたのは、このお琴なのだろう。
お絹におしつけようと思ったが、面倒見がよく、姉御肌のお琴はお絹の様子に心配になり、自分もついてきたのだろうと惟子は推測した。

「でしょ?だから、私がちょっとあの店に働きに行っても誰も困らないのよ」
クスリと笑った惟子に、お琴は小さくため息を付いた。

「本当、病になって性格もかわったのね。あんなに引込思案だったのに」
「そうかもしれないわね」
惟子のその返事に、お琴は諦めたように歩き出した。

「一日だけにしなさいよ。あんたじゃきっと大変だから。やっぱり他の仕事をしてみたいの? それともお金が必要なの?」

もともと出ていくと言っていたお絹なら、どんな理由もアリなのだろうが、惟子はその問いに曖昧に答えると、先ほどの大黒屋の前まで歩いてきた。

「おい、お琴、やっぱり働く気になったのか?」
相変わらず、ギトギトとした油を顔面から流しながら、ガマ蛙はにやりと笑った。

「私じゃないよ、こっちのお絹が働きたいってさ」
その言葉に、ガマ蛙が惟子を見据える。その視線に惟子はごくりと喉を鳴らした。