しばらく歩いていると、その通りの中でもひとしきり賑やかな場所へと出た。
「おっ、お琴、ちょっと働いていかないかい? 美味い酒あるよ」
その言葉に、この猫娘がお琴という名前だと分かった。
声を掛けた男の後ろを見れば、太鼓の音が聞こえていて、楽し気な男女の声が聞こえてきた。

「だから、私は今はまっとうに働いているんだよ」
「こっちの方がいい金になるだろうよ」
いやらしそうな笑みを浮かべながら、そのガマ蛙はペロリと長い舌を出した。そんなガマ蛙にお琴はウンザリした表情を浮かべる。

「今ちょうど、黒蓮様のところのご一行が来ていて人がたりないからな」

「え? 黒蓮の? どうせ下っ端が偉そうにしてるんでしょ?」
至極嫌そうな声音で言ったお琴に、ガマ蛙はお琴の口元を抑えてた。
「お前、この場でそれはまずい。いくら下っ端だって、あの黒蓮様のところのお方だぞ」

「行くよ。お絹!」
苦虫をつぶしたような顔をしたお琴の後を、惟子は慌てて追った。

「ねえ、お琴? 今の話って」
言葉を選びつつ聞いた惟子に、お琴は苦笑するような表情を見せた。

「昔、私あそこで働いていたのよ。親も知らず荒れていた私にとって金を稼ぐにはああいう所しかなかったから」
少し思い出したかのように、小さく笑ったお琴はハッとして言葉を続けた。

「誤解しないでよ。あそこの店は、ただお酒を飲んで料理を食べながら話をするだけだよ。いかがわしいことはないからね!」
意外にもそのあたりは真面目なことに驚きつつも、惟子は小さく頷いた。強く見えるあやかしも、色々な事情があるのだろう。
「酔っぱらっていざこざを起こして、店の外で倒れていたところそ、サトリ様に拾っていただいたの。今あのお城で働けるのは、サトリ様のお陰なのに、黒蓮の奴……」
てんの話から、黒蓮は次期妖王、それをここまでひどく言うことは、許されることではないだろう。それでもその言葉を発するお琴は、サトリに対する忠誠心のようなものを感じられた。