「ねえ、サトリ様はどこに? あとてんちゃん……」
てんはどんな名前なのだろう?てんちゃんでいいのだろうか?
そう思い惟子は言葉を止めた。
「サトリ様はわからないんだ。急にいなくなられて……。天狐様もずっと不在で、それで雪女様や、大ヤモリ様たちはバタバタと忙しくて」
その言葉から、天狐というのが、てんのことだと分かる。
「それで機嫌も悪いのね?」
「もちろん、それもあるし、噂ではサトリ様はお嫁様がらみだとか……」
急に自分の話が出てきて、惟子はドキッとした。
「どうしてお嫁様がらみだとダメなの?」
「そんなの、お嫁様が人間だからだよ」
何を言っているのだと言わんばかりの言葉に、惟子はやはり人間の自分が嫁だと言うことが、反感をかう原因だと思い知る。
黙り込んだ惟子に気づくことなく、蛙は言葉を続ける。
「でも、お前は人間だけどいいやつそうだな」
そんなことを話していると、遠くから「太郎!太郎!どこなの?」そんな声が聞こえた。
「やばい!」
そう言うと、すっかり震えも止まって、先ほどの人型に戻っていた蛙は立ち上がった。
「あなた、太郎っていうの?」
あまりにも普通の名前に、惟子は驚いて声を掛けた。
「ああ、そうだよ。お前は? 一応情けをかけてもらったから聞いといてやるよ」
その言葉遣いが、かわいらしく思えて惟子はクスリと微笑んだ。
「惟子よ」
「ふーん、惟子。お前とりあえずその恰好はやめた方がいいぞ。その押し入れの中に何か入っているから」
出て行こうとしながら太郎は、後ろの押し入れを指さした。
「あらありがとう。この部屋って誰かの部屋かしら?」
「いや、現世に行ってしまった平あやかしの部屋だから、今は誰もつかってないはずだ」
それだけを言うと、太郎はぺたぺたと音を立てて走って行ってしまった。