「お前……なにかいい匂いするな」
「え? 匂い?」
惟子は急に言われた意味が解らず、自分の手を鼻へともってくると、クンクンと臭いをかぐ。
「なにか匂うかしら? 昨日、お風呂にはきちんと入ったのだけど……」
一応年頃の惟子としては、自ら異臭を放っているとなっては大問題だ。
そんなことをしているうちに、少しだけしか開いていなかった襖から、蛙は和室へと入ってきていた。

「いや、お前じゃない」
そう言うと、ぴょんと跳躍をすると、惟子の背後へと回った。
その瞬間、惟子のリュックが重たくなる。

「うわ!重たいじゃない」
リュックに蛙が体重をかけたのが解り、惟子は後ろに倒れそうになり、リュックが下へと落ちた。
「これだ。ここからだ」
バサリとおちて、リュックの蓋の部分があき、弁当の入った風呂敷が下へと転がる。

「ああ、これ?」
それは先ほどのおむすびで、アジが入っていることから匂いがしていたのだとわかった。

「ねえ、寒いの?唇震えてるけど」
顔の半分ぐらいを占めている唇が、ガタガタと震えているのがわかった。

「そんことはない! おい人間! 生意気な口をきくなよ! 不法侵入だ!」
口では威勢のいいことを言っているが、唇だけだった震えはいつの間にか全身になり、今まで2足歩行だったのが、よく見る蛙の姿へと変わりつつあった。
「ねえ、あなた大丈夫? もうすでに普通の蛙になっているわよ?」
心配そうに言った惟子に、蛙はハッとして自分の身体をみていた。
「うわ、うわ、ダメだよ。戻れなくなっちゃう。この書類をもっていかないといけないのに」

慌てふためく蛙を、有無を言わさず惟子は持っていたタオルをかけると、スーツケースから動物大図鑑を出す。