それから数日が経った放課後の校長室、俺は再びそこに呼び出されていた。

「子どもさんの様子はいかがですか?」

前回と同じ刑事二人が、俺に尋ねる。

「えぇ、今のところは落ち着いています。登校は出来ていませんが、大人しく家にいて、うちの両親が面倒をみてくれています」

逮捕された父親には、以前からDVの傾向があり、事件発覚以降行方をくらましていたのが、昨夜警察によって確保されたらしい。

取り調べは、これから始まる。

「子どもさんの今後のことですが、亡くなった母親のご実家が、保護を申し出ていまして」

「分かりました。それとなく子どもには、説明しておきます」

「先生のご厚意には、感謝いたします」

刑事のうちの一人が、ちらりと俺を見上げた。

その視線に対し、俺は責任感に胸を張る。

今日の夕飯は、あの子の好きな唐揚げにしよう。

近所でおいしいと有名な、お肉屋さんの唐揚げを買って帰ろう。

それが俺の使命だ。

今夜も我が家では四人で食卓を囲み、全員がすっかり打ち解けた様子で食事が進む。

「先生、今日はね、先生のお母さんが、やっと中ボスのところまでいったんだ」

子どもの楽しそうに話す様子には、心が和む。

両親もきっと喜んでくれているにちがいない。

俺はそうかそうかと、彼の話に耳を傾けながら、刑事から言われた引き取りの話しを、どうやって切り出そうかと考えている。

ピンポーン、突然玄関の呼び鈴が鳴り、俺は慌ててインターホンに出た。

「はい、なんでしょうか?」

モニターの画面に写っていたのは、あの刑事たちだった。

「あぁ、突然来られても困ります。刑事さんがうちに来るなんて、子どもの気持ちも、少しは考えてください」

俺は台所を振り返った。

すっかり怯えきった子どもの、茶碗を持つ手が震えている。

ここで刑事と顔を合わせるわけにはいかない。

「子どもの引き取りに関する件は、こちらから話しをしておくと、お伝えしましたよね。突然尋ねてこられて、子どもを渡せと言われても、そんなことは出来ませんよ」

こちらの都合やタイミングも考えることなく、突然現れるだなんて、気が利かないにもほどがある。

「僕は教師です。一般市民の役目として、もちろん警察に協力する義務もあるし、そうしたいと思ってはいますが、それ以前に僕は教師なんですよ? 世間体よりも何よりも、守らなければならない、大切なものがあるんです」

子どもは手にしていた箸を放り投げ、彼の自室と化している部屋に駆け込んだ。

かわいそうに、頭まですっぽり布団にくるまって、あれで隠れているつもりだ。

「あなた方のそのような強硬な態度は、僕には全く理解できないし、賛同もいたしかねます。申し訳ありませんが、今日の所はお引き取りください。僕の方できちんと話し合って、ちゃんとしますから」

一方的に通話を切る。

こんなやり方は許せない。

俺のことはどうでもいい。

だけど、傷ついたこの子の気持ちはどうなる?

俺は掛け布団の上から、彼をぎゅっと抱きしめた。

刑事二人が執拗に玄関ベルをならし、大声を出してドアを叩いている。

あんなのは警察じゃない。

国家権力だとかなんだとかいう問題でもない。

それ以前に、人として、人間として、どうかしている。

刑事たちが騒ぐのは、中にいる俺たちに聞こえるよう、脅しをかけワザとやっているのだろうが、うちでかくまっているこの子の存在を、近所に知らせてしまったようなものだ。

何のために俺が保護していると思っているのか。

世間の下劣きわまりない好奇心から、彼を守るためじゃなかったのか?

俺の苛立ちが頂点に達する直前、彼らはあきらめたようだった。

静かになった瞬間、俺は立ち上がって、カーテンの隙間から立ち去る刑事二人の背中を確認する。

「もう大丈夫だ。あいつらは出て行ったよ」

俺は、盛り上がった布団の塊に向かって、しゃべっている。

「先生があいつらを追い払ったんだ」

気分が悪い。

今日はもうこれ以上何もする気が起きない。

テーブルの上に残された食器をそのままに、俺は二階に上がった。