「家族とは、毎日楽しい食卓を囲んでいました」

「そうですか」

男は開いていたファイルを閉じると、まっすぐに俺を見つめた。

「先生ご自身は、なにがいけなかったとお思いですか?」

その眼はとても真っ直ぐで、純粋に俺自身だけを、見ていたような気がしたんだ。

他に何もついていない、本当の、ただの俺だけを。

「そうですね、もし自分に非があるとしたら……。最後まで、自分の正義を貫けなかったことですかね」

「先生のご両親は、今どこに?」

「庭の木の下に埋まっています」

男は俺に手錠をかけた。

黒光りするその冷たい感触が、妙に気持ちよく感じた。

「ふと疑問に思ったことを、聞いてもいいですか?」

「なんでしょう」

「どうしてアカシアとミモザなんですか? 両方とも、呼び名が違うだけで同じ木なのに」

それは俺が間違えているんじゃないかと、バカにしているのか? 

それは俺が悪いのか? 

それが俺のせいだとでも、言いたいのか? 

頭にカッと血が上る。俺が悪いんじゃない。

俺に非なんて、あるわけがない。

繋がれた両手で机を叩きつけ、椅子をひっくり返す。

慌てた警官と刑事が、俺の体を押さえつけた。



僕が先生の家でゲームをしていたら、玄関のチャイムがなった。

警察の人と、児童相談所とかいう所の人が来て、ドアを開けろというから、開けてあげた。

先生は学校に行っていて、いなかった。

沢山の人が入ってきて、家中の写真を撮っていた。

特に台所に座ったままの、先生のお父さんとお母さんの写真を、一番よく撮っていた。

「この人形はなにか知ってる?」

「先生の、お父さんとお母さんなんだって」

そう聞かれたから、教わった通りに答えた。

僕はずっと、その動かない、しゃべらない、じっと見守ってくれるだけの、先生の両親が好きだった。

かかしみたいな先生の両親は、先生が食事を食べさせた時にこぼした染みで、ずいぶんと汚れていた。

制服を着た人たちが、気味悪そうに先生の両親の体をつついている。

先生のお父さんとお母さんが、ちょっとかわいそうだ。

「これが本当にそうなのか?」

そう聞かれて今度は僕は、庭にある葉を全部落としてしまった、枯れかけの二本の若木を指差す。

「あの木の下に、先生が自分のお父さんとお母さんを埋めてるのを見たって、うちのお母さんが言ってました」

それから僕は、よく分からないところに連れて行かれ、色々と質問をされた。

それが終わると、おばあちゃんが来て、僕を連れて行った。

僕は先生の家の方がいいって言ったけど、それは許してもらえなかった。

おばあちゃんの事は嫌いだ。

無理矢理連れて来られて、苗字まで変えられた。

まぁそれに関しては、前の名前も今の名前も、どっちも好きじゃないから、それはどうでもよかったんだけど、転校はしたくなかったな。

先生のことは忘れろと言われたけど、どうして今までの僕の人生の中で、一番楽しかった先生のうちでの出来事を、忘れなくちゃいけないんだろう。

先生は僕を助けてくれた、いい先生だった。

学校でも僕をかばってくれていた。

転校した小学校でも、その先の中学でも、高校でも、あの時の先生よりいい先生に出会ったことはない。

いま僕がこうして普通に生活をして、大学に通えているのも、全部あの先生のおかげだ。



先生は約束を守った。

僕は先生みたいな先生になりたい。

                                 【完】