辺りを見回しながら本殿までゆっくりと歩く。
誰もいない静かな境内に、風の音と砂利を踏みしめる音、そして微かに猫の鳴き声が耳に響いた。
けれどそれは一瞬のことで、方向すらもままならない。

「春宮さん?」

呼び掛けてみるけれど反応はなく、静かに風がそよぐだけだ。
陽当たりのいい場所ではぶちの野良猫が、警戒心もなくごろんと横になっている。

「お前、春宮さんを知らないか?」

訊ねてみるも、ぶちは大きなあくびをするだけだ。

ここに来たら何か手がかりが、あわよくば会えるのではないかと期待していたけれど、それはまったくの的外れだったのだろうか。

ここの神様が猫の願いを聞いてくれるなら、人間の願いも聞いてくれ。

俺は財布の中のありったけのお金を賽銭箱へ投入した。
そして鈴緒を力一杯振ってガランガランと鈴を鳴らす。

「春宮さんにもう一度会わせてください。」

初めて本気の神頼みをした。