あのあとも少し話をして、だけど聞けば聞くほど頭がぐるぐるしてしまって、どうやって別れたのか記憶にない。
別れる間際、また「ありがとう」と言って儚く微笑んだ春宮さんの顔だけは、ぼんやりと覚えている。

一晩寝て、俺は布団の中でゴロゴロしながら何もない天井を見ていた。
考えるのは春宮さんのこと。

春宮さんは人間に化けている猫だった。
俺は春宮さんが好きだと言った。
春宮さんも好きだと言ってくれた。
だけど付き合うことはできない。
なぜなら春宮さんは猫だから。

だけど俺が見てきた春宮さんは人間だった。
他の人と何ら変わらない、いや、俺にとっては可愛くてたまらない存在だった。

ふと、春宮さんの言葉を思い出す。

───土橋くんにお礼が言いたくて人間になったんだよ

そうだ、彼女は俺にお礼を言うために人間になったと言っていた。
俺に会うために未経験の人間社会に足を踏み入れたんだ。
頑張って勉強もして専門学校にも入って、バイトもして。
そうやって俺の近くに来てくれた。

それなのに俺は、気の利いた言葉ひとつかけてあげられなかった。
猫だろうが何だろうが、春宮さんは俺が好きになった人なのに。

急に後悔の念が湧いてきて、俺は勢いよく飛び起きた。
今日も夕方からバイトが入っている。
春宮さんも一緒だろうか?

はやる気持ちを抑えながら、とりあえず顔を洗った。