「でも気は重いけど、行かないと納得してもらえないなら行くしかないですよね?」

「俺だけで行ってくるから、お前は来なくていい」

 と、悩みに悩んで出した花の答えを、不意に現れた八雲の声が遮った。

「や、八雲さん?」

 花が弾かれたように振り向くと、涅色(くりいろ)の着流しをまとった八雲が凜と立っていた。
 均整のとれた二重瞼の目に見つめられると、花は自分の心臓が甘く高鳴るのを感じる。それは傘姫の一件で、八雲の笑顔を初めて見て以来酷くなる一方で……。

(お、落ち着け、私の心臓……)

 花は邪念を振り払うように首を横に振ると、胸の前で拳をキュッと握り締めた。

「ちょうどいい機会だ。これから、ひとりで行ってくる」

「で、ですが八雲坊がひとりで弁天岩殿を訪ねても、嫁になる女性の顔を見せろという弁天岩殿の要望に答えたことにはなりませんよ」

 割って入った黒桜が説得を試みるが、八雲は頑として首を縦に振ろうとはしなかった。

「弁天岩には適当に誤魔化してくるから問題ない。嫁は人見知りが激しい性格で来られないとでも、なんとでも言えばいいだけの話だ」

 けれど、それを聞いた花は黙ってなどいられなかった。

「私が人見知りが激しいって……。それじゃあ、なんだか私が弁天岩さんに会いたくないって言ってるみたいじゃないですか!」

 声を上げた花は、キッと八雲を睨みつけた。
 睨まれた八雲は虚をつかれたように片眉を持ち上げると、口を噤んで花を見る。
 【巷で噂になっている八雲の嫁の話】は、今では尾ひれがつきすぎて大変なことになっているというのは、先日つくもを訪れた付喪神から花自身が聞かされた話だ。

『あの傘姫に負けず劣らずの美しい娘だと聞いていたのだが……。う〜む、これは少々、噂が独り歩きしすぎとるかのぅ』

 花の顔を見るなりそう言った付喪神は、『まぁ、ドンマイドンマイ』と笑ったが、当事者である花自身は引き攣った笑顔を浮かべるので精一杯だった。
 まず、失礼千万も甚だしい。
 次に、花があの天女のような美しさを持つ傘姫と並ぶ美女だなんて噂は、有難迷惑にもほどがあった。

(虎之丞を言い負かした女だとか、大食漢の大女とか、絶世の美女だとか……)

 そこへ来てまた、花が『人見知りが激しい』などと吹聴されたら、今度はどんな解釈をされるかわからない。