ドアの前まで来ると、菜穂子先生の声が響いていた。手を叩いてリズムを取り、口から厳しい指示が飛んでいる。

 自然と俺は背筋に力が入った。自分もこの声を受けてずっとバレエをしてきた。

「進む方向をしっかり見つめて、ターンするときにいっきに顔をつける。このとき体をまっすぐにしないと重心がついていかないよ!」

 どうやら、マネージの練習中なのか、ピケターンとシェネをしているのか。重心を上手く移動させ、回転するようにして移動していくのだが、これがなかなか難しい。

 しばらくして教室がざわつきはじめ、レッスンが終了したのを確認し、俺は思い切って中に入った。

「こんにちは」

 気まずく挨拶すると、菜穂子先生が一番に笑顔で駆け寄ってくれた。とりあえず手土産を渡して近況を報告をする。

 教室はもわもわした空気が充満していて、つい顔をしかめる。今日は雨が降って湿度が高いから余計にだ。

 筋肉を冷やすのはよくないので、エアコンはついていない。おかげでみんなほどよく髪が湿って汗を掻いている。

 この時間のボーイズのクラスは小学校高学年以上が対象で、六人ほどいた。見ない顔もあったので、俺が辞めてから新しく入ったやつもいるようだ。そのうちのひとりに、物珍しそうに見られて、居心地が悪くなる。

 それにしても、示し合わせて揃えたかのごとくお決まりのモノクロ練習着に懐かしさを感じる。途中でタイツが嫌になってバイクタードを買ってもらったら、それがいっきに教室で流行ったのを思い出し、笑みがこぼれた。