屋根のあるところまで急ぎ足で向かい、スマホで時間を確認するとまだレッスン中だった。余裕をもってやってきたつもりだったが、少し早すぎた。電車の発着時刻ともかぶっておらず、駅にはあまり人がいない。

 そこで俺は前触れもなく口を開く。

「ユイはさ、やってみたいこととかないわけ?」

「やってみたいこと?」

 初めて聞かれた、というような表情を見せる。ユイの縁はなんなのか、ユイが思っていることを少しでも聞いておきたい。

 ユイは「そうだなぁ」と手を組んで、いかにもわざとらいポーズで考えている。ややあって雨音にかき消されそうなほどの小さな声が耳に届く。

「……歩いて、走ってみたい」

「え?」

 もう一度尋ね返す。するとユイは複雑な面持ちで微笑んだ。

「いつもふわふわ浮いて体の重さもなにも感じないけど、しっかり自分の足を地につけてみたいなって。初めて会ったとき、シュウくんのバレエを見て思ったの」

 無理なんだけどね、と悲しく付け足され俺はすぐに否定の言葉を声にする。

「そんなの分かんないだろ!」

 その声の大きさにユイはもちろん、構内で雨宿りをしていた人たちの視線も浴びる羽目になった。我に返って少しだけトーンを落とす。

「無理なんて言うなよ。叶える方法があるかもしれないだろ!」

 その方法など皆目見当つかないけれど。もしそれがユイの一番の望みで、縁に関係しているなら、諦めるには早すぎる。

 しかし、今は目の前の縁が先だ。俺は時計を再度確認して、ユイと共にバレエ教室のあるビルに足を進め出す。俺たちを導くように行き先には暗い空に溶けてしまいそうな青い縁が続いていた。