木曜日になり、学校が終わってからユイを連れて久々に通いなれたバレエ教室を訪れる。事前に菜穂子先生に連絡はしておいたし、憲明からも『来てくれ』と言われたのだから、なにも躊躇う必要はない。

 それでも俺の心臓は発表会の直前以上にバクバクと音を立て、張り裂けそうだった。フロントガラスに打ちつける雨音よりも大きく聞こえる。

 今、俺は母親の運転する車の助手席に乗っている。俺が『バレエ教室に顔を出す』という話をしたら、なにがあったんだとかなり驚かれたが、そこは『憲明に久々に会って話したから』と告げるとそれ以上はなにも聞かれなかった。

 とはいえ『送っていってあげる』と言った母親はどこか嬉しそうで、差し入れに持っていけと結構な数が入っているお菓子の詰め合わせも用意してくれた。

 俺はその袋を握り直す。嫌な汗が吹き出して、胸が痛い。あんな一方的な辞め方をして以来で、ほかの生徒たちからはどんな反応をされるのか、自意識過剰かもしれないが不安でたまらなかった。

 哀れみの目で見られるのは御免だけれど、そんなことも今は言っていられない。

「私、バレエの練習って初めて見るなー。楽しみ」

 俺の複雑な思いとは真逆に、後部座席に座ったユイははしゃいでいた。さすがに母親がいるのでなにも反応は返さなかったが、ミラー越しに見るユイは嬉しそうで少しだけ心が穏やかになる。

 しばらくしてレッスン場近くの駅のロータリーで降ろしてもらい、ここからは歩いていく。いつものビニール傘を広げるとユイが当然のように隣にやってきた。