「そう。縁を結ぶとか、縁を切るとかの縁だよ。私はこの神社にお参りに来る人たちの縁を見ることができて、その願いや思いを聞いて、縁を強くしたり弱くしたりするの」

 いきなり訳の分からない話をされて、俺は急に警戒心を強めた。なにを言っているんだ、彼女は。

「でも、今の私は縁が見えないの。そしてあなたは私を見ることができて、縁も見ることができる。ということは……」

 一人ぶつぶつと問答している彼女に、俺は背を向ける。彼女は実は怪しい宗教の勧誘をしようとしているのかもしれない。

 それとも、いわゆる電波と呼ばれる類なのかもしれない。なんにせよこれ以上関わらないほうが賢明だ。

「あ、ちょっと」

 彼女の呼び止める声が聞こえたが、俺はそれを無視して歩きだした。けれど、やはり気になってちらりとうしろを振り返る。それが運の尽きだった。

 目の端に飛び込んできた光景が信じられず、俺は思わず立ち止まって、これでもかというくらい目を見開いた。

 彼女は俺を追いかけるように賽銭箱の前に移動している。

 そこまではいい。でも、彼女の足、正確には膝下がなかった。透けているのか、浮いているのか。どちらでもいい。つまり、これらのことから導きだされる結論は……。

 俺は腹の底から声をあげた。悲鳴と呼ぶには力強すぎるくらいの大声で、鍛えた腹筋をこんな形で披露する羽目になるとは。

 そこらへんの木々に留まっていた鳥たちは一斉に羽ばたき、けたたましさが耳をつく。それでも叫ばれた彼女は平然とした顔でこちらを見ていた。

「どうした!?」

 俺の叫び声を聞いて、近くを通っていたらしい年配の男性が駆けつけてきてくれた。

 「大丈夫か? なにがあった? 変質者でも出たのか?」とあれこれ聞いてくれるが、俺はなんて答えたらいいか分からない。

 それよりもその男性が彼女にまったく目もくれない、という事態に絶望が押し寄せてくる。どうやら俺は目だけではなく、頭までおかしくなってしまったらしい。