「そういえば、憲明(のりあき)くんがこのあとここに来るって予約が入ったみたいだよ」

「え、あいつどこか怪我したんですか?」

 名前を聞いただけで俺は反射的に尋ねた。真鍋(まなべ)憲明は俺が通っていたバレエ教室に今も通っている三歳下の後輩だ。小柄だが、体幹がしっかりしているのでどんな技でもしっかり決まる。

 元々コンクール入賞者を輩出している別の名門バレエ教室に通っていたのだが、親の転勤でこっちに来たらしく、その実力は二年前に教室に入ってきたときから一目おかれていた。

「詳しくは受付からしか聞いてないんだけど、足を痛めちゃったみたいで」

 元々、先生は菜穂子先生の知り合いで、バレエで怪我のトラブルがあった場合、ほぼ全員がここを勧められる。俺も菜穂子先生に紹介してもらって通いはじめたクチだ。実際に先生の腕もいいので文句はない。

 そういった繋がりもあるので、先生はなにかとバレエ教室の事情にも詳しい。だから先生が憲明が来るとわざわざ俺に告げてきたのは、暗に会ってやれ、という意味がこめられている気がした。

 実力云々は置いといて、俺は同じボーイズのメンバーとは仲が良かった。年下が大半だったが、わりとみんな慕ってくれていて、バレエ以外でもやりとりしたりプライベートで遊んだりもした。

 しかし美由紀さん同様、怪我をしてバレエを辞めてしまってから音沙汰なしだった。怪我をしてちゃんと話をしないままバレエを辞めてしまい、心配もかけただろうし、向こうもいろいろ言いたいこともあるに違いない。

 ここは一度、会いに行った方がいいのかもしれない。勇気が必要だけれど、今の俺ならちゃんと向き合える気がする。