「え、え。なに?」

 そんな裏事情などユイには(つゆ)も伝わっていないらしく、言おうかどうか迷って俺は結局、言葉にしなかった。「別に」と告げて視線を前に戻し、溶けてきたアイスキャンディをかじる。意外と歯に染みて驚いた。

「あ、誰か来た!」

 ユイが立ち上がって反応したので俺も姿勢を急いで整える。アイスを持っていたのですぐに隠れられずにいると、現れた人物に俺もユイも目を見張った。

「あんた、相変わらずこんなとこで、ひとりなにしてんの?」

「佐原」

 見慣れた制服を着て口調は相変わらずだったが、俺たちの目が釘付けになったのはその髪型だった。ウェーブのかかった長い髪は肩上で短く切り揃えられて、だいぶ印象が違っている。

 佐原はこちらを一瞥(いちべつ)して、真っ直ぐに本殿に向かって参拝を始めた。その姿勢はこの前と同様、きびきびして真剣そのものだった。

 頭をしっかり下げたあとで、佐原がこちらを向いたので視線が交わる。そのまま真っ直ぐに歩を進めてくるのでユイが急いで場所を空けた。

 俺の隣に断りもなく座ったので、どう声をかけようかと思考を巡らせていると、先に口火を切ったのは佐原だった。

「大河と話してきた。で、泣いてやって思いっきり困らせてやった」

 その言い方にはこの前の毒々しさはなかった。むしろどこかすっきりとした顔をしている。

「そうか」

「ずっと避けてきたけど、ちゃんと話して謝らせてやったわ。でも、私の悪かったところも言われてちょっと反省した」

 言い終えて佐原はしばらく黙った。会話がなくなると、神社の木から蝉の鳴き声が聞こえる。もう夏が近いと知らせているようだった。