「あーーーーーー!!」

 そして耳をつんざくような叫び声に、俺は眉をしかめて声のした方を向く。なんなんだよ。

 対する彼女は、肩を震わせて参拝するときに鳴らす鈴と注連縄のようなものを上から下まで顔を動かして何度も見ている。

「なんで? 見えなくなってる」

 いやいや、見えているだろう。先程と変わっているところなど、なにもない。変わっているとすれば、いきなり現れた彼女の方だ。

「ということは……」

 彼女がこちらを見てなにかを言いかけたとき、うしろから犬の鳴き声が聞こえた。

 普段ならそこまでではないが、完全に彼女に気をとられていたので、あまりの不意打ちっぷりに心臓が口から飛び出そうになる。

 振り向けば小型の柴犬がこちらに勢いよく走ってきて、リードをピンっと張りつめるほどの詰め寄り、なにかを訴えるように懸命に吠えている。

 こちら、といってもその矛先は俺ではなく、賽銭箱の向こうに立っている少女に対してだった。

 そして必死にリードを引っ張っているのは、眼鏡をかけたやや小太りの少年がだった。中学生くらいか、目がくりっとした犬に対し、主人の目は細く、目が悪いからなのか、地なのか睨んでいる印象だ。

「おい、どうしたんだよ」

 ぼそぼそと喋り、苛立ち混じりの声でリードを持っている。しかし、犬は引きずられながらもこちらに向かって吠えるのをやめようとはしない。

 ちっと舌打ちして少年はさらにリードを引く力を強めた。犬がやや甲高い声を上げて少しおとなしくなる。

「ったく、ちょっと落ち着け。もう年なんだから急に走んな」

 俺を一瞥(いちべつ)すると、少年は踵を返し、犬をぐいぐいと引っ張って帰っていった。見るなら俺じゃなく彼女の方じゃないか? とはいえ、なんとなく悪いことをした気分になる。

 俺たちがいたからすぐに引き返したのだろう。無理もない、俺だってまさかこんな神社で、誰かに出くわすとは思ってもみなかった。