その仕草に佐原は不審な目で俺を見たが、それどころではない。俺は不快さを隠しもせず、苦々しく返す。

「なに言ってんだよ」

「違うの? てっきり昨日、彼氏欲しいアピールをしたから、そういうお誘いなのかなって」

「違うに決まってるでしょ!」

 あっけらかんと告げる佐原になぜかユイが答えるので、俺の目の前の光景はカオスだ。

「いや、そうじゃなくて」

 俺はユイに視線を送り、下の方で手の甲を外側に振った。これでは話が進まない。ユイは頬を膨らませつつ距離をとる。

 ただ、ようやく次の言葉を紡ごうとしたときに、これまた予想外の行動を佐原がとった。俺の方に身を寄せてきてシャツをぐいっと引っ張ると壁と俺の間に挟まれるような体勢を作る。

「おい」

 さすがに文句のひとつでも言ってやろうかと佐原の顔を見ると、今までの威勢のよさはどこかにいき、緊張した面持ちで身を小さくしていた。

 どうしんだと尋ねようすると、俺の背後を()ぎる人物の声が耳に届く。

「この前の続きだから、数学当たりそうなんだよな」

「よかったらノート見る? 昨日一緒に勉強したときに予習もしてたから」

「マジで? 佳織(かおり)は教えるのも上手いし、可愛いから俺、幸せだわ」

 そんな会話をして通り過ぎていったのは、佐原が付き合っていたという藤本と、おそらくは今の彼女である木村だろう。俺はそっと彼らのうしろ姿に視線を送る。

 何人かが行き来する廊下で、バスケ部所属の藤本は一際背が高く目立っていた。

「……佐原」

 藤本と木村が完全に行ったのを確認し、うつむいている佐原に呼びかける。すると佐原は、「今日の放課後、ちょっと付き合って」と搾り出す声で呟いた。