ふと辺りを見渡して、改めて誰もいないことを確認する。少し開けたところに移動し、薄暗くなってきた空を見上げて大きく息を吐いた。

 学校指定の肩掛け鞄を放り出し、力一杯に高く跳ねる。

 次の瞬間、まるで神社の参道が舞台のように思えた。頭の中に勝手に音楽が流れて、自然と指先まで力が入る。そして力強くプリエをし、その反動で思いっきり宙へ浮いた。

 回れるか。そう意識したときには身体の軸がぶれていた。なんとか着地したものの足は5番ではなくほぼ1番で、地に踏みとどまるために力を入れたが、結局はよろけた。

 怪我をしていたから。ブレザーに革靴だったから。言い訳をしてみても、できないものはできない。自分が思い描くザンレールにはほど遠い。いや、もう近づくことさえできない。

 切れているどころか、やっぱり俺とバレエとの間に縁はなかったんだ。

 俺は大袈裟に肩を落とし。さっさとここを去ろうと思った。

「今のなに? すごーい!」

 ところが、まさかの声が聞こえる。誰もいないと思っていたのに、誰かいたのか。

 恥ずかしさと後悔を感じつつ顔を上げて、声のした方を探す。すると賽銭箱のうしろにひとりの少女が立っていた。

 セーラー服を身に纏っているところを見ると、俺と同じくらいか中学生くらいか。

 前髪はぱっつんで長い黒髪をポニーテールにしている。紺色の襟と袖に白いラインが入っていて、胸元の赤いリボンが目を引いた。

 どこの制服だ? そもそも、どこから現れたんだよ。こいつ、どこにいたんだ?

 (いぶか)しげにしばらくじっと彼女を見ていると、今度はの相手の方が不思議なものでも見るかのような顔になった。

「え?」

「は?」

 苛立ちを込めて聞き返すと、目が合った彼女は顔面蒼白になる。

「私のこと見えるの?」

「見えない方が怖いわ。あんたは幽霊か」

「幽霊というか……。でも、なんで?」

 キョロキョロ辺りを見回しはじめる彼女を無視して、俺は放り投げていた鞄を手に取った。