美由紀さんは留学を終えて帰国してからは、また数々のコンクールで入賞して成果を残し、今はアメリカのバレエ団に入団してプロとして活躍している。

「美由紀さんとは、コンクール前に怪我をしてバレエを辞めるって決めたときに、それを報告したのが最後だったんだ」

 どんなに頑張っても追いつけないんだと思い知らされて、悔しくて。応援してくれたのに、なにも応えられないことが申し訳なくて。

 なにより恥ずかしかった。身の程知らずだと分かっていなかった自分が。『プロを目指す!』と豪語して、やりとりしていたのを思い出すと、消えてしまいたくなる。

 なかったことにしてほしい。そんな気持ちがいろいろと相まって美由紀さんとは、こんな関係になってしまった。これも全部、自業自得だ。

「シュウくんは美由紀さんが好きなの?」

 黙って話を聞いていたユイが躊躇いがちに口を開いた。

「分かんねぇ」

 俺にしては珍しく素直に答える。もうここまで話したら今更カッコつけても一緒だ。俺はわざとらしく天井を仰いだ。

「分かんねぇよ。俺、恋とかそんなのしたことねぇし」

 ずっとバレエ一筋で誰かを好きだとか恋だとか正直、考えたこともない。俺はまだ恋を知らない。これはさまざまな役を演じるダンサーにとってある意味、致命的だったのかもしれない。

「美由紀さんについては以上だよ。それより縁の話だったな」

 ようやく俺は本来、ユイに伝えなければならない内容を思い出した。雨はやんでいるみたいだが、家の裏が山だからか網戸からは虫や蛙の鳴き声が聞こえていた。