「あの人は福島(ふくしま)美由紀さん。姉ちゃんの友達で俺よりみっつ年上」

 唐突に説明を始めた俺に対し、ユイは目を白黒させてこちらを見た。その視線から逃げるようにして勉強机に座る。

「そんで、俺が無謀にもプロを目指すきっかけになった人だよ」

 自嘲的に呟くと椅子の背もたれに体を思いっきり預けた。いまだに固まっているユイを横目に軽く息を吐く。

「聞いてきたのはそっちだろ?」

 なんともひねくれた言い方だ。本当はこの前の件を謝りたいのに。

「話して、くれるの?」

「聞いても面白いことなんてひとつもないけどな」

 ユイは強く口を引き結ぶと、こちらにやってきていつものようにベッドに腰かけた。俺は椅子を回転させてそちらを向く。

「美由紀さんと親しくなったのも、姉ちゃんの友達だからっていうより、バレエ教室でずっと一緒だったんだ」

 元々レッスンのクラスが違うので顔を合わせる機会は少なかった。それでも発表会で一緒になったときは、姉ちゃん繋がりで向こうから声をかけてくれたりもした。

「美由紀さんは才能あふれる人で、俺が物心ついて発表会に出るときには、いつもソリストをやっていたよ」

 ソリストとは名前がついているほどの主要な役を演じるダンサーを指す。発表会の配役はだいたい先生が決めるのだが、与えられる役によって実力がはっきりと示されていた。

 同じだけバレエを習っていても、片やソリストで片やコール・ド。もちろんどんな役でもひとつの舞台を成功させるのには欠かせない。

 それでも気にしてしまうのが人間だ。そこにはバレエを習っている年月の長さや情熱も練習量も関係ない。本人が持っている個性や役柄との相性もあるのだろうが、実力がすべてだった。