眉を曇らせたままここでじっとしているわけにもいかず、とりあえずユイに報告してから考えるか、と思ったときだった。

 俺はぎょっとして動けなかった。なぜなら例の彼女がこちらを見据えて怖い顔をしてやって来たからだ。

「ちょっと来て」

 そして彼女はなんの躊躇いもなく固まっている俺の腕をとり、廊下に出てひとけの少ないところまで歩みだす。昼休み中というのもあり、みんな飯を食っているからか廊下に人は少ない。

「おい」

「昨日のことバラしたら、ただじゃおかないから」

 なんとも物騒な発言が飛び出した。ほぼ初対面の人間になんて物言いだ。

「言うつもりねえよ。えーっと」

 言いよどんでいると彼女は立ち止まってこちらを見た。鋭い視線が突き刺さる。

佐原(さはら)史華(ふみか)。隣のクラスのなんだから名字くらい知っておきなさいよ」

「そんなこと言ってお前は俺を知ってんのかよ」

 すると彼女は迷いなく俺のフルネームを告げた。唖然としていると、佐原は勝ち誇った笑みを浮かべる。

「あんた意外と有名人だよ。男子なのに踊るバレエをやってるんでしょ?」

 好奇心を含んだ声に俺の心は揺れた。正確にはやっていた、になる。

「昨日、あんな願いをするためにわざわざ月白神社に行ったのか?」

 話題を変えたくて単刀直入に聞くと佐原の顔が少し歪んだ。

「そうよ、あそこの神社のご利益、すごいって評判なんだから」

 ユイが以前話していたのを思い出す。あながち本当だったらしく、どうやら俺の学校でも流行っていたようだ。

「そこまでして彼氏が欲しいか?」

「欲しいわよ。バレエ馬鹿のあんたには理解できないでしょうけどね」

 俺がなにかを言いかける前に佐原が身を翻す。思えば彼女は友人たちと昼食をとっている最中だったし、俺もまだ昼飯を食べていない。

 まさに怒涛の展開だった。さっさと教室に戻る佐原の背中を見て、俺も自分のクラスへと足を向けた。