翔人が言っていたとおり、絵を描いている雰囲気は微塵も感じさせない。ユイはきょろきょろと落ち着かない様子だ。

「すみません、麦茶以外はジュースしかなくて」

 わざわざコップにお茶を入れた翔人が戻ってきた。律儀に俺の手土産も開けてお盆に載せている。こんな中身だったのか、というのは顔には出さずに礼を告げる。

 コップの(ふち)に口をつけてオレンジの液体で喉を潤し一服すると、早速絵を見せてもらう。

 翔人が机の一番下の引き出しから出してきたスケッチブックの中身はすべてモノクロ画だった。描かれているものは多種多様で人物や物、風景などさまざまだ。

 アンも描かれていて。ユイも俺の隣にやってきて一緒に絵を覗き込んでは「すごーい」と感想を漏らしている。

「これって全部鉛筆?」

「そうっす。デッサンの練習も兼ねてなんすけど、なんか俺、昔から白黒の絵が好きで。濃さだけでも何種類もの鉛筆を使うんですよ。で、あの文字を書くのとは全然違う、紙の感触がたまらなくて」

 好きなことに対してはいつもよりも饒舌(じょうぜつ)だ。目をきらきらさせて話す翔人に、なんとなく自分を重ねる。俺も前はバレエについて聞かれたらこんな感じだったんだろうか。

「これ全部、独学なのか?」

「まさか! 中学の美術の先生が実はそっちの筋でも有名な先生だったんで。入学してすぐの美術の時間に描いてる絵を見て、美術部を勧められたんす。親に部活に入ったって報告したまではよかったんすけどね」

 少しだけ重たい空気を感じたのは気のせいではないはずだ。翔人は改めて自分の描いた絵を見つめた。

「正直、いつも決まった人間にしか見せてないから、あんなふうに俺の絵に関心をもってもらえて嬉しかったんすよ」

 そう言った翔人の顔は寂しそうだった。