バレエを習うにはお金がかかる。レッスン代は言うまでもなく個人レッスンを頼めばその分、上乗せになる。

 発表会があればチケットは買い取りだし、ゲストを呼べばその分の負担は出演する生徒たちだ。コンクールに出れば交通費、宿泊費。さらには衣装代も言ったとおりだ。

 成長期だったし、自分に合う踊りを見つけるため、いろいろな役柄に挑戦すれば、そのたびに衣装も作らざるをえない。ここに並んでいる数着に全部でどれくらいかかったのかなんて考えたくもない。

 父親は公務員、母親は専業主婦という一般家庭のうちにはかなりの負担だった。

「両親も俺にバレエを習わせて、馬鹿な真似をしたなって思ってるんじゃねーの。それ見たことかって。最後は結果を出すどころか怪我までしてさ。ま、これも縁だよ」

 ユイの顔を見られず、俺は椅子に座って机の方にくるりと向き直った。思えばバレエのことを口にするのは、誰かに話すのは初めてだった。

 ずっと自分の中で避けてきた。なにも言ってこないユイを不審に思い、椅子ごと身体をそちらに向ける。ユイはどうしてか、悲しそうな顔をしていた。

「そう思っているのは、ご両親じゃなくてシュウくんなんじゃないの?」

 小さく呟かれた言葉ははっきりと俺の耳に、胸に届いた。そして次の瞬間、階下から母親の呼ぶ声が大きく響く。どうやら夕飯ができたらしい。

「今日は帰るね。明日、翔人くんの家に行く前に神社に寄って」

 それだけ言うとユイは窓の外へと消えていく。俺は呼び止めようと思ったが。なんて言えばいいのか分からなかった。ただ、まるで心の奥を見透かすかのようなユイの瞳がずっと目に焼きついていた。

 渋々階下におりていく。元々あまり好きではないからかまわないが、俺の分の卵豆腐は用意されていなかった。