「こんにちは」

 自動ドアが開いた瞬間、店と間違うほど受付から明るい声が飛んだ。この病院の受付はいつも無駄に愛想がいい。

 整形外科といえば、年寄りが多いイメージだが、時間帯もあってか俺みたいに若いやつも多かった。待合室にはざっと十人は座っていて、各々に過ごしている。

 俺は待合室の奥にある【自習室】と掲げられているところに向かった。そこには図書館のように個別に机が並んでいる。

 その一席を陣取り、とりあえず数学の課題でもしようと鞄を開ける。

 こんな設備があるのは、俺と同じ学生が多く利用するのを見込まれ、待ち時間もそこそこかかるのが最初から想定されているからだ。

 なぜならここは、とくにスポーツ外来に力をいれている。

 サッカーかバスケかテニスか。県外から来る患者もいるらしい。診察からリハビリまでを丁寧に診てくれるとその評判は上々だ。

 かくいう俺も紹介されてここに来たわけなんだけど。

 先生は有名なサッカークラブのスポーツトレーナー兼ドクターを務めた経歴もあるらしく、受付の一角にはそれらの伝で得たコレクションたちが飾られていた。

「学校はどう?」

 加圧リハビリ中にアロハシャツに白衣といういつもの組み合わせで先生は話しかけてきた。誰に対してもフレンドリーで、見た目は俺の父親より少し若いくらい。

 だからか、俺くらいの年齢の患者はみんな名前呼びするのも息子みたいな感覚なのかもしれない。

「別に。普通です」

 上半身は制服のブレザーで、下半身はリハビリ用のハーフパンツというアンバランスな格好をした俺は、愛想なく答えた。

「そろそろ怪我の具合もいいと思うんだけど……本当に辞めちゃうの? 菜穂子(なほこ)先生も心配してたよ」

 そちらが本当に言いたかったことなんだろう。俺は右足に力を入れる。

「両親ともそういう約束だったし。もういいんです」

「そっかぁ、残念だな」

 まだなにか言いたそうにしながらも、先生は処置室に入っていった。俺は視線を落として再び右足に力を込める。

 この怪我をしたのはかれこれ二か月ちょっと前。人生をかけた大舞台の一週間前の出来事だった。