「おかえり。今日はどうしたの? 病院じゃなかったでしょ?」

「図書室で勉強してた」

 玄関のドアを開けると、いつもの調子で母親が台所から顔を出した。そしてなにか言われる前に機先を制して言い訳する。

 やや訝しがられながらも、その回答で満足したのか、母親は台所に身を引っ込めようとした……が。

「あ、そういえば」

 なにかを思い出して再びこちらに顔を向ける。

「菜穂子先生から連絡あったわよ。衣装の件だけど、何着か譲っちゃってかまわないわよね?」

「っなに勝手なこと言ってんだよ!」

 激昂して叫んだが母親はものともしなかった。

「だって、あんたがちゃんと連絡取らないのが悪いんでしょ? 嫌なら嫌って自分で言いなさいよ。あ、そういえば卵豆腐いる?」

「知らねーよ!」

 思いっきり叫んで部屋に向かった。なんでこんなにもイライラするのか。

 痛いところを簡単に抉ってくる無神経さに腹が立つのか、そういった微妙な気持ちをまったく気遣ってもらえないことに対してなのか、自分でも理解できない。これは甘えなのか?

 部屋のドアを力強く閉めて、乱暴にネクタイを解いてブレザーを脱ぐ。そして普段は使っていないクローゼットをゆっくりと開けた。

 冬服がいろいろとかけられている中、右端にはクリーニングに出して透明の袋に包まれたままの衣装がかかっている。

「なにそれ。シュウくん、そんなの着てどこに行くの?」

 突然した声に反射的に身を(ひるがえ)した。さすがに二回目ともなると叫んだりはしなかったけれど驚いたのは事実だ。