「『若いうちはいくらでもやり直せる』とか『いくらでも失敗しろ』とか、あれ嘘ですよね? 関係ない他人だから言える台詞で親はそんなこと、なかなか言いませんよ。結局みんなと同じように受験勉強して、少しでもいい学校に入って、少しでもいい会社に勤めるのが一番なんすから」

「お前、中三のわりに悟ってるな」

「熱あげて、兄ちゃんを応援している両親を見てたらいろいろ思うんすよ」

 そこで深く息を吐くと、翔人は立ち上がった。そばで丸くなっているアンに目をやる。

「だから俺が絵を描いてるのを知ってるのは、美術部の顧問と友達数人です。見せるほどのものじゃないっすけど、よかったらばあちゃんにも手を合わせてやってください」

 家へ呼ぶことにはそういう意図もあったらしい。アンを押し付けられた、と言いながら祖母への思いやりは人一倍なんだと感じた。

 そして、本当は顔見知りどころか会ったこともないのに、知り合いだと嘘をついたのが少しだけ心苦しくなってくる。

 とりあえず連絡先を交換して、翔人は足を進めだす。

「ほら、アン。帰るぞ! 昨日といい誰もいないところに向かって吠えんなよ!」

 そのかけ声にアンはゆっくりと体を起こした。さっきからユイが触ろうと近づくたびにアンは吠えていた。まったく、触れるかどうかも曖昧なのに、ユイも懲りないな。

 にしても十年前に拾われた、ということはもう相当な老犬だろう。昨日、ここに来たときや今日の様子を思い出すと、とてもそんな感じはしなかったが、こうして改めて見ると、毛もところどころ抜けてパサつきもあり弱々しさも感じる。