「なんだ、ばあちゃんがここに散歩に来てたから、こいつもここに来たがってたのか」

 やれやれとため息をついた彼、渋谷(しぶたに)翔人(しょうと)は石段に腰を下ろした。学年は中三で俺よりひとつ下だになる。

 ユイいわく、彼の祖母は去年の春辺り、アンの散歩がてらよくここに来て参拝していたらしい。

 そんなわけで俺は彼の祖母とここで何度か遭遇して顔見知りになった、ということにした。

 年齢が近いからか、祖母と知り合いだと知ったからか、翔人の警戒心は一気に解けたらしく、話してみると意外に気さくな感じだ。

「こいつはアン。元々は捨て犬だったみたいっすけど、十年くらい前にばあちゃんが拾ってずっと飼ってたんです」

 当のアンはここに来るまで主人を引っ張ってきて疲れたのか、ぐったりと腹を地面につけて休んでいる。ユイが「可愛い!」と近寄ろうとすると吠えるのだが。

「今はお前が面倒見てるんだ。偉いな」

 何気なく褒めると、翔人は途端に不機嫌な顔になった。

「別に偉くないっすよ。ほかに見る人間がいないから、押し付けられているだけです」

「家族は?」

「共働きの両親と受験生の兄ちゃんが一人」

 なるほど、それなら必然的に彼が世話係に任命されてもしょうがない。

「俺も一応、受験生なんすけどね。親は兄ちゃんばっかり可愛がるから」

「そうなのか?」

 翔人はわざとらしく口角を上げた。どこかやさぐれていてニヒルな笑みだ。

「そうっすよ。兄ちゃんは昔から頭がよくて、医者を目指してて。対する俺はそんなに頭も良くないし、要領も悪いし。親も親戚もいっつも『兄ちゃんを見習え』『お前もなにか目標を見つけて努力しろ』って口を酸っぱくして言われてきました」

「お前はなにか、なりたいものとかねーの?」

 その言葉に翔人は固まり、しばらく目を泳がせてから口を開く。