「おい、アン!」

 怒鳴り声と共にリードをぐいぐい引っ張りながらやってきたのは、昨日ここで出会ったこの灰色の縁の主である少年と犬だった。

「おいっ! なんでこっちなんだよ!」

 怒っているのは声だけで、主導権は完全に犬が握っている。そして少年はこちらに顔を向けると「あ」と小さく呟いた。

「ほら、シュウくん。話しかけて!」

 隣でユイが()かしてくるが、いきなりなんて話しかけていいのか見当がつかない。

 少年もすぐに俺から視線をはずして、参拝所の前までやって来た犬の首輪のリードを強く引っ張った。

 そこで俺はあることに気づく。縁の繋がっている先は、はっきりとはしないが少年ではなくて……。

「あー、この犬!!」

 いきなり隣でユイが叫んだので、俺の心臓は跳ね上がった。頼むから、突然大声を出すのはやめて欲しい。しかし、ユイはおかまいなしに興奮気味に続けた。

「思い出した! 前におばあちゃんと、ここによく散歩に来ていた犬だ!」

 見たことがあるのは、少年ではなく犬だったらしい。踵を返して背を向ける少年に俺は思いきって声をかける。

「あのさ」

「なんすか?」

 不信感と嫌悪感がありありと顔に表れている。それでも少年は無視せずこちらを振り返ったのだからよしとしよう、俺は次の言葉を考えた。

「いや、あの。間違ってたら悪いんだけど……その犬、前はばあちゃんが散歩してなかったか?」

 すると少年は眼鏡の奥の瞳を丸くした。どうやらユイの情報はあっていたらしく図星のようだ。

「え? ばあちゃんの知り合い?」

 少年の警戒は少し(やわ)らいだようなので、距離を詰めつつ返す。

「まぁ、そんな感じ。今日は代わりに散歩?」

「ばあちゃん死んだんですよ、今年の二月に」

 今度は俺が目を丸くする番だった。