あー、くそ。早く終われ。早く終われよ!

 わざとらしく椅子を揺すってみたところで、担任の牧田(まきた)の話はまだ終わりそうにない。

 最近、薄くなってきた頭を気にしてか、わざとらしく髪を伸ばして横に流してはいるものの、それは無駄な努力というやつだ。いっそのこと坊主にでもしろよ。

 心の中で悪態をつきながら、ちらりと自分の左手首に視線を落とす。緩めに巻かれた黒の革製のベルトにシンプルな文字盤。

 時刻は午後四時三十分を経過していた。秒針を目で追うと、ますます苛立ちが募りそうになる。

 もうどうだっていい。吹っ切って机に突っ伏したところで、ホームルームの終わりが告げられた。それと同時に教室が一気に喧騒に包まれる。

 今日は五月二十九日、もうすぐ六月だ。そうなれば今年もあの鬱陶しい季節、梅雨が始まる。けれど先週、中間試験が終わったこともあり、クラスメートたちはどこか浮かれていた。高校二年なんてとくに気楽な立場でもあるし。

 「新しくできたゲーセンに行ってみよう」だとか、「コンビニでジャンプを立ち読みしよう」とか、そんな声をどこか遠くのことのように聞きながら俺は席に座ったままだった。

 さっきまであんなに焦っていたのはなんだったんだ。このあとは病院に行くだけでそれも急ぐことじゃない。それでも、身についた習性というのはなかなか消えないものらしい。たった数分、一分だって惜しかったのに。

 ふと名前が呼ばれたので、俺はそちらに顔を向けた。

直哉(なおや)たちとカラオケ行こうって話してんだけど、お前も行かない?」

 話しかけてきた田島(たじま)の顔をじっと見つめる。田島(りく)、眼鏡の奥のくっきりとした二重瞼が印象的で、見るからに頭の良さそうな顔をしている。

 見かけ倒しではなく、実際に成績は常に学年で十番以内をキープしていて、そのわりにガリ勉というタイプでもなく人当たりもいい。わざわざこうして俺に声をかけてくれるくらいだ。

 でも、俺の返事は決まっていた。

「悪いんだけど」

「そっか。もしかして、まだ足の怪我がよくないのか?」

 素っ気なく返すと、田島は眉を読んだのか申し訳なさそうな表情になった。しかしすぐに笑顔を作る。

「良くなったら、また遊ぼうぜ。今まで全然お前と遊べなかったし」

 そう言って去っていく田島に俺はなにも言わず、鞄を持って立ち上がった。