ちょうどコンクール一週間前の練習のとき、ジャンプを失敗した。あ、と思ったときには右足に激痛が走った。

 痛みで失敗したのか、ジャンプのせいだったのかは、今となって分からない。ただ、みるみる腫れ上がっていく患部と痛みに、俺は目の前が真っ暗になった。

 右脛骨(みぎけいこつ)疲労骨折。完治するまでに二、三ヶ月を要し、そこからまたバレエを同じようにできるようになるためには、さらにリハビリが必要だった。

 コンクールへの出場は悩んだ末に泣く泣く辞退し、結局俺は両親との約束もあり、怪我を言い訳にして、逃げるようにバレエを辞めた。

 ダンサーに怪我は付き物だ。ダンサーだけではなく、身体を動かすスポーツならどんなことだって。それでも以前と同じように復帰する人はたくさんいる。

 ただ俺が折れたのは、右脛(みぎすね)だけではなかなった。悔しさよりも自己嫌悪の気持ちが強くて、あんなに大好きだったバレエが今では関わるのも嫌になっていた。

 なんとも無様な終わり方だった。

「怪我は悔しかったけど、これもきっぱりバレエを諦めろって天のお達しなのかなって。ま、バレエを辞めて欲しがっていた両親は万々歳だろうけどな」

 案の定、バレエを辞めたら「今までバレエで遅れた分、勉強しろ」と耳にたこができるほど言われた。

「ご両親はプロを目指すのを反対してたの?」

「そりゃしてただろ。金もかかるし、『そんな博打(ばくち)みたいな道諦めろ』って何度も喧嘩になったし。子どもって結局は、どこまでいっても親の意志に従うしかないんだよな」

 大きくため息をついて、ピーチティーをすする。そしてユイがなにか言いかけたそのときだった。

 かすかに犬の鳴き声が聞こえたので、俺はストローから口を離した。ユイもそちらに視線を送る。