もしユイが事故に遭わなかったら、縁が見えていなかったら。俺がバレエを辞めなければ、怪我をしなければ。俺たちは出会わなかったかもしれない。少なくとも今はなかった。

 たくさん後悔もした、つらい思いもした。傷ついて、傷つけた。自暴自棄になることだって。それはきっとこれからだって、あるんだと思う。

 それでも、そのひとつひとつに意味があるんだって。無駄なものなんてひとつもなかったと、そうやって少しの強さに変えていけたら……。

「そ、そういえば、パンフレットを見て気づいたんだけど、シュウくんってこんな漢字なんだね。えっと」

「あまね」

「え?」

「本当は(シュウ)って書いてあまねって読むんだ」

 俺はユイの目線に高さを合わせる。何人かはニックネームでシュウと呼んでいるが、本当は……。

神崎(かんざき)周って言います。結崎奈月さん」

 改めて自己紹介するかたちで手を差し出すと、ユイはその手をおずおずと握り返して、おかしそうに笑った。その笑顔に安心する。

「シュウくんもアルブレヒトだったんだ」

 つられて俺も笑顔になる。

 アルブレヒトはジゼルにはロイドと名乗り、名前も身分もなにもかも嘘をついていた。どうしてそこまでしたのか。本当の答えなんて分からない。

 ただ、今なら思う。結ばれないと分かっていても、別れることが決まっていたとしても。惹かれていく気持ちはどうしようもない。アルブレヒトはきっと恋に落ちていた。

 ジゼルとアルブレヒトに自分たちを重ねたりもしたが、どうやらそれは正確ではなくユイの言葉を借りるなら、俺たちはふたりともアルブレヒトだったらしい。

 それでいい。悲劇にするつもりは毛頭ない。どんな未来が待っているのかは誰も知らない。

 緩やかな風が、長い彼女の髪をなびかせ、葉擦れの音を鳴らす。照らしつける陽射しが、じんわりと汗を滲ませていき、どこからか蝉の声も聞こえてきた。

 もうすぐ夏がやってくる。彼女と一緒に歩んでいく未来は、すぐそこにあった。

Fin.