そういった大切なことに俺は気づけた。だから、今度は俺が示したい。ユイにとって、人は傷つけるだけの存在じゃないんだって。

「そばにいてくれ、俺と一緒に生きる道を選んでくれよ」

 しかし、ユイは俺の言葉を拒むかのように首を横に振った。

「シュウくん、ありがとう。でも、ごめん、ごめんね」

 ユイの姿が薄くなり背景に溶けていく。時計を確認すると、新月までもう時間がない。

「謝んな! ユイ、行くなよ! 消えんな、帰ってこいよ!」

 思いっきり手を伸ばしたが、その腕をつかめられずにすり抜けてしまった。その事実に俺も、ユイもやるせない表情を浮かべる。

 けれども俺は諦めずに、消えそうなユイの顔を見つめた。

「ユイ、俺のアルブレヒトを見たいって言ってたじゃんか。ユイの願い、叶えてやる。だからっ」

「ありがとう、シュウくん。私、やっぱりシュウくんに会えてよかった。嬉しかったよ」

 泣いていないけれど、たしかにユイの頬に涙が伝った気がした。そしてユイがこちらに近づいてくる。ふわっと浮かんで俺に抱きつく格好だった。

 唇になにかが掠める。ユイの顔は至近距離で……たしかに笑っていた。

「ユイ!」

 いろいろな思いを込めて名前を呼んだが、やがて俺の目にユイの姿は完全に映らなくなった。

 それから、ユイの声を聞くことも姿を見ることもなかった。もちろん縁だって。なにもかもが夢だったかのように、なにも残さずユイは消えてしまった。俺との思い出だけを残して。

 ほんの少しの時間。月が覚めて、満ちて、欠けるまでの、じめっとした雨の匂いが消えない梅雨の間の出来事だった。