昼食を食べて薬を飲んだあと、封筒を握りしめた俺は月白神社に向かった。ずっと寝ていたからか、病み上がりだからか、頭が鉛のように重たく、平衡感覚がおかしい。

 それでも諦めるわけにはいかない。進むんだ。バスの時間など待っていられず、早足で神社を目指す。外は雨上がりの匂いがして、草葉は水滴が反射してキラキラしていた。

 ふと商店街に差しかかったところで、見覚えのある人影を見つけた。

「翔人……」

 向こうから歩いて来ていたのは、渋谷翔人と飼い犬のアンだった。

 翔人は俺に気づくと、すっと背筋を伸ばして頭を深々と下げてきた。あまりの仰々しさに笑ってしまう。

「久しぶりだな、元気してたか?」

 近づいてきた翔人に声をかける。時間がない、とは思っても無視するわけにもいかない。ユイの話ていたとおり、翔人の表情は、前に見たときよりもどこか柔らかく感じた。

 どうやら今日は授業が午前中までだったらしく、いつもより早めにアンの散歩に来たらしい。

「俺、成績落とさないのを条件に、絵を習うのを許してもらえました」

「マジか。よかったな!」

 『両親とちゃんと話し合ってみる』と言っていたがどうやら上手くいったようだ。翔人はそれから照れくさそうに笑い、指で鼻をこすった。

「最初は結構、両親共に反対で揉めたんっすけど、向こうが根負けしたっつーか。学校で出した絵がコンクールで入賞したのもあって、そういうのも追い風になって」

「入賞!? すげーじゃん」

「そんな、たいしたものじゃないんすけどね。でも、初めて自分の描いた絵を見て両親が褒めてくれたんです。『なかなか上手いな』って一言だけど。だから、頑張ってみます」

「頑張れよ」とだけしか言えなかったが、俺は純粋に自分のことのように嬉しかった。きっと亡くなった翔人の祖母も喜んでいるに違いない。