「本当、娘さん夫婦まで亡くされて、お孫さんまであんなことになって。当時は斎藤くんも奥さんもすごく参ってしまっていてね。無理もない話だ」

「それでお孫さんが亡くなったのは……」

 震える声でおそるおそる尋ねると、鹿山さんは先程の比ではないくらい目をまん丸くさせた。

「いやいや」

「え?」

 少しだけ怒った口調になった鹿山さんに、俺は訳が分からなくなる。

「お孫さんは亡くなってないよ。彼女は生きてるさ」

 今度は俺が目を丸くさせる番だった。生きている? だとしたら俺の発言はかなり失礼なものだ。けれど、今は逆に期待で体が震える。それは声にも表れた。

「すみません、そこまで詳しく知らなかったもので」

「まぁ、無理もない。もう二年前か。ご両親と同じく事故にあってね。なんとか一命はとりとめたものの、未だに意識が戻らず、怪我もひどかったらしいから、他県の専門の大きな病院にずっと入院しているらしい。章吾と同じくらいの年齢だったから、私もたいそう心配したさ。彼女に付き添うために、斎藤くんご夫妻はたまにしかこっちに帰って来られなくてね」

 俺は肩の力がどっと抜けた。頭の中で様々な仮説が組み立てられていく。もし、もしも、その孫がユイだとするならば……。

「あの、お孫さんの名前はご存知ですか?」

 俺の質問に鹿山さんは髭を触り、少し間を空けた。俺は畳みかける。

「もしかして、ユイって言いませんか?」

 痺れを切らして俺から答えを求めると、鹿山さんは眉を寄せて静かにかぶりを振った。

「いいや、私の記憶がたしかなら……なつき。奈良の奈に、月と書いて奈月ちゃんと言ったと思うが」

 ユイではなく、なつき。積み上げてきたなにかが一気に崩れる。そんな感覚だった。