俺が家に帰ってきたのは、さすがに暗くなってからだった。玄関のドアを開けると夕飯のいい匂いがする。

 今日は煮物だろうか。そう思ったのと同時に、台所から母親が顔を覗かせた。

「遅かったじゃない。どこで道草してたの? あんた中間試験が終わったって、また次の試験があるんだから、少しは――」

「うっさいな。言われなくても分かってる!」

 お決まりの文句が始まった。俺はそれを制して、早足で二階の自室に向かう。

「ちょっと、病院から帰ったんだから手を洗いなさい! もうすぐ夕飯だけど煮物に卵は落とす?」

 相変わらず話は次々と変わっていく。俺はなにも返事せずにドアを思いっきり閉めた。

 制服を脱いで、上下ジャージに着替えるとそのままベッドの上に仰向けになる。とてもじゃないが勉強する気になどなれない。かといって、眠いわけでもない。

 さまざまな出来事が起こりすぎて、頭が混乱していた。なにが現実でなにが夢なのかも分からなくなりそうだ。

「卵落としてもらいなよー。お出汁が染みて美味しいじゃん」

「うわぁっ!」

 いきなり天井から現れた存在に俺は度肝を抜かれた。見た目が女子中学生だから緩和されたが、そこらのホラービデオよりも驚きは半端ない。

「なんだよ、あんた。俺に()いたのか?」

「ついてきたの! 私は憑いたりしないって。あ、ほら。夕飯できたみたいだよ!」

 たしかに階下から母親の声がする。しかしこの状況で……。不信感あふれる瞳でユイを見ると、彼女はニコニコと笑って手を振った。

「私のことは気にしないで。テキトーにくつろがせてもらうから」

 なにか言い返そうとすると、再度母親の呼ぶ声が聞こえて、俺は渋々とユイを部屋に残して下りていった。

 おかげで夕飯を食べている間も気が気じゃない。さらには食っている最中も、母親があれこれ話しかけてきて集中できない。

 ただ、返事はしなかったが俺の分の卵も用意されていて、ユイの言ったように煮物の出汁が染みてて旨かった。