「……俺は、憲明がずっと羨ましかった」

 落ち着きを取り戻し、聞き役だった章吾が憲明の言葉に押されたのか口を開いた。そして今度は憲明がこれでもかというくらい目を見開いている。

 俺にも思いもよらない発言だった。章吾は俺たちの反応を気にせずに、ゆるゆるとその口を動かす。

「結果を出そうと、必死になってバレエに取り組んでいる姿が羨ましかった。俺にはあんな情熱ないからさ。そのうえ人付き合いも上手くて、他のメンバーや公演で来たゲストの先生たちともすぐに打ち解けられて。俺は人見知りだから、すごいなっていつも見ていた」

 初めて聞く章吾の本音だった。そして章吾は肩をすくめてから、軽く両手を上げた。

「俺はプロを目指しているわけでもないし、習いだしたのも『周りにバレエを習っている男子なんてなかなかいないから』って理由だし。だから技術も憲明に敵わないのは十分に分かっていたし、それを悔しいとは思わなかった。でも、いつの間にか憲明と並んで、比べられるのが当たり前になってきて。『憲明に負けないように』って必死になってる自分が苦しかった」

 自分は自分と思っていたのに、ボーイズの最年長で同学年の二人は嫌でも比べられた。それはバレエの技術だけではなく、それ以外にも及んだ。

 発表会の配役にはじまり、憲明はコンクールに出るのに、どうして章吾は出ないのかと当たり前のように言われる。

 憲明が褒められれば『憲明みたいな踊りをしないと』と変にプレッシャーを自分でかけ、気づけば章吾はどんどん楽しく踊れなくなっていた。

 意識すればするほど些細なミスを繰り返し、自分の踊り、自分のバレエに対する気持ちを見失っていったそうだ。