「前の教室は、コンクール入賞者もばんばん出してる名門で、それこそ四六時中バレエ漬けの日々だった。元々俺が『バレエをやりたい』って言い出したわけじゃなくて、母さんがずっとバレエをしてて、そのおかげで小さい頃から『バレエダンサーになるように』って育てられたんだ」

 憲明の母親が、かなりの熱量で憲明のバレエに力を入れているのは知っていた。むしろ俺もプロを目指していたときは『あんなふうに情熱を注いで、協力的な母親だったら』と思ったほどだ。

 でも憲明にとっては必ずしもいいことだけではないらしい。その事実は今初めて知る。

「いつも結果がすべてだった。コンクールで入賞できるか、できないか。一緒のボーイズのメンバーもみんなライバル意識を飛ばしてて、ピリピリしてた。俺は全然楽しくなかったし、辞めたくても辞めさせてもらえなかった。だから父さんの転勤の話が出たときは学校云々より、バレエ教室を変われるっていうのが一番嬉しかったんだ」

「でも、そんなのでよくお前の母さんがバレエ教室を辞めるのを納得したよな」

 それだけ力を入れていたなら、自分と憲明は残ってでもそこに通わせ続けそうな気もするが。憲明は困惑気味に笑った。

「まぁ、いろいろと話し合いはあったみたいだけどさ。こっちに来て新しくバレエ教室に通うことになったときも、俺は正直嫌だったね。でも強く反抗もできなくて」

「初めて会ったとき、そんな感じは微塵もなかったぞ?」

 躊躇いがちに章吾が口を挟む。思い返せば、初めて会ったときの憲明は嫌そうな雰囲気ひとつ見せず、笑顔で人懐っこく明るい感じだった。憲明は軽く鼻を鳴らす。