「シュウくんがバレエ辞めてから、菜穂子先生はシュウくんに期待していた分、俺と章吾に力を入れるようになって。俺たちふたりをお互いにライバル視させるようにもっていこうとしてたんだ」

 それは菜穂子先生の指導のひとつだった。わざとふたりを並べて躍らせたり、力が同じくらいの者同士を互いに負けたくないと思わせて、伸ばしていくやり方だった。

 美由紀さんにもそんな存在はいたが、もうひとりの彼女は中学生になった頃にバレエを辞めてしまった。

「章吾はそれが嫌になったっていうのか?」

「多分ね。章吾はさ、ほら、いい意味でマイペースじゃん。俺は比べられたり、競争させられるのなんて慣れっこだけど、あいつはそういうの苦手だし」

 憲明はため息とともに肩を落とす。たしかに章吾はそういうタイプだ。

「だから怪我をしたって嘘をついてバレエから離れようとしたのか?」

 嘘をついて、という言葉に憲明は少しだけ傷ついた顔をした。そして俺から目線を逸らして頭を掻く。

「なんていうんだろう。最近の章吾は俺を必要以上に意識しすぎて、ずっと調子も悪そうだったから。ちょっとの間だけでも俺がいなかったら、またバレエが好きだって思い出すんじゃないかなぁって」

「なんだよ、それ!」

 その声は俺ではなく、俺たち間から聞こえてきた。固まっている憲明がおそるおそる声のした方に振り向く。

「章吾……」

 俺たちが背を向けていた側に位置する隣のテーブルに座っていた章吾が立ち上がり、眉をつり上げたままこちらを見ていた。