春那の部屋で話をしてから、一か月以上が経った。


 その間、春那のお兄さんの働きかけで目まぐるしく色々なことが決まり、お父さんが九州から休暇を取って戻ってきた。

 私はお母さんとは接見禁止となり、とりあえず春那の家でお世話になっている。

 夏休みも終わろうとしている今日、お父さんは春那の家に来て、春那のご両親に私のことでお礼と少し長く話し合いをしてから、「外で話さないか?」と言って、二人で近くのカフェに来た。

 涼しい店内でアイスカフェオレをストローでかき混ぜていると、アイスコーヒーを手にお父さんが席についた。

 ふーっと一息ついたお父さんは少し疲れた顔で私を見た。

「雫、今まですまなかった」
 お父さんが深々と頭を下げて、私は仰天した。

「やめてよ、人が見てるよ。頭を上げて」
 私がそう言うと頭を上げて少しだけ微笑んだ。

「杏奈は九州でお父さんと暮らしている。あっちの病院の院内学級に夏休みが明けたら通うことになったよ」

 家族と離れてから杏奈はどうしているのかと心配していたから、それを聞いて少し安心した。

「お母さんは……今までの不安定だった心を治すために施設に入所することになった。お父さんもお母さんの行動や言動を見過ごしてきたからそばにいてあげたいが、それより先に雫と杏奈の親としての責任を果たしてからになるだろうな」

「そうなんだ」

 どういう言葉が正解かわからない。お母さんの顔色を見ながら生活することがなくなり、ほっとするけれど、私のせいで精神的な施設に入るのは複雑だ。

「雫は知っていただろうけど、お父さんとお母さんは二年以上前に離婚をしていたんだ。お父さんは雫や杏奈やお母さんから逃げてしまった。それを償うべきなのだが、それよりも親として二人を守ることが先だからな」

 いつか見た離婚届は受理されていたんだ。そこに驚きはなく、やっぱりな、としか思わなかった。お父さんが家に帰ってこないのも納得できる。もう二人は夫婦ではないのだから。

「博井さん、春那ちゃんのご両親と話し合ったが、雫はあと一年高校生活がある。今から無理に九州の高校へ転校するより、大学を九州にしてもいい、もちろん行きたい学校があれば一人暮らしをしてもいい。だから、あと一年は博井さんのお宅でお世話になるという話になったんだが、雫はどう思う?」

「私もみんなと離れたくないかな……。春那の家族に迷惑かけてしまうけど……」
 そう言うと、お父さんは頷いた。

「博井さんへは生活費も支払っているし、遠慮はいらないと言ってくださった。生活費はなかなか受け取ってくれなくて困ったけどな」

 困った笑顔でお父さんはアイスコーヒーを飲んだ。

 その笑顔を見て私もクスっと笑ってしまった。

 お父さんの笑顔は少し困ったような顔になる。お母さんの言う通りにしているフリをして、こっそり私に「内緒だぞ」と言って、お小遣いをくれたり、洋服を買ってくれたり、その時の笑顔が今と同じだ。

 お母さんは杏奈には何でも買ってあげていたけれど、私にはどうしても必要な物や欲しいものがあったら「自分で買いなさい」とお金を渡されるだけだったから。