普段は温厚な獅子倉氏の突然の変貌に、会場の誰もが怯えていた。

「……わしは……少し席を外す」

 場内の殺伐とした空気に、気づいたのかもしれない。

獅子倉氏は低い声で言い残すと、逃げるようにテラスルームから出て行った。状況を受け入れ切れず、ひとまずは立ち去ることで頭を冷やそうとしているのだろう。

「おじいさま……!?」

 慌てたように、綾乃が獅子倉氏のあとを追いかけた。

 獅子倉氏と綾乃のいなくなったパーティー会場に、ざわざわと不穏な空気が広がっていく。

家主が激怒し、いなくなったのではパーティーどころではない。ゲストたちは、立ち尽くす敬太郎と、獅子倉氏と綾乃が消えて行った扉を困惑したように交互に見ている。

「ひとまず、割れたカップをお下げいたします」

 真っ先に動いたのは相沢だった。

 すぐにしゃがみ込み、胸もとから引き抜いたポケットチーフで割れたカップを拾おうとする。

 彼だけは一切の動揺を見せず、気味が悪いくらいにいつも通りの姿勢を貫いている。

「少し、お待ちいただけますでしょうか」

 けれども、相沢のすぐ脇に膝を折ったルイがそれを阻止した。切れ長の瞳でルイと目を合わせたあと、相沢は黙って手を引く。

ルイは自らのポケットチーフで片方の欠片を手に取ると、取っ手部分に触れるなり呟いた。

「取っ手に油が塗り込んである……」